
「ウチの子にそっくり!」とママたちの間でも大人気のももんちゃん。
絵本の中で、走ったり、転んだり、泣いたり、笑ったり。
「ももんちゃん あそぼう」シリーズは最新刊『こちょこちょ ももんちゃん』を合わせると12冊にもなるんです!


その最新刊の発売を記念して、作者のとよたかずひこさんへのインタビューが実現しました!
「ももんちゃん誕生」の秘密から制作過程、新刊『こちょこちょ ももんちゃん』について、更には、普段からよく学校などで読み聞かせをされるという、とよたさんならではのエピソードなどなど、興味深いお話をたっぷりご紹介します。
とよた かずひこ
1947年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学科卒業。主な作品に『でんしゃにのって』などの「うららちゃんののりものえほん」シリーズ全3巻、『バルボンさんのおでかけ』などの「ワニのバルボンさん」シリーズ全5巻、『ブップーバス』などの「あかちゃんのりものえほん」シリーズ全4巻(以上アリス館)、『やまのおふろ』などの「ぽかぽかおふろ」シリーズ(ひさかたチャイルド)、『どんどこももんちゃん』[第7回日本絵本大賞]などの「ももんちゃんあそぼう」シリーズ、『おにぎりさんがね・・』などの「おいしいともだち」シリーズ(以上童心社)がある。紙芝居作品に『でんしゃがくるよ』『もみもみおいしゃさん』(以上童心社)などがある。
■ スーパーあかちゃん誕生
―― 桃みたいな可愛い顔におむつをはいた姿で、どんどこどんどこ走っていくももんちゃん。その堂々とした風貌はまさに「スーパーあかちゃん」。あかちゃんや小さい子だけでなく、「うちの子にそっくり」とママたちにも大人気!そんな主人公のももんちゃんは、どの様に誕生したのでしょう?

『どんどこ ももんちゃん』 とよたかずひこ さく/え 童心社
ももんちゃんはね。桃太郎のイメージがあったんです。主人公は男の子のつもりで描いているんです。『どんどこももんちゃん』の中で、くまさんを倒すという場面も最初は桃太郎のイメージがあって。あかちゃんがくまを倒す、力強いですよね。そんな「スーパーあかちゃん」というキャラクターは後からついてきて。確かに「うちの子にそっくり」という声は多いんですよ。どちらかというと、女の子の方が多い。だから、あんまり男、男って言うのはやめたんです。

―― そうだったんですね!そんな風に、絵本をつくる時には、まず色々な設定を決めてから描かれるんですか?
絵本をつくる、誰かにメッセージを描く場合には、キャラクターの性別とか年齢とかっていうのは、どこかで意識するんですよ。物語には投影されないけれども、どの作品に関しても、必ず背景みたいなものは頭の中で描きます。この人はどういうところに住んでいて、家族はいるのか、いないのか、というような設計図を描くわけですよ。
ももんちゃんの場合、よく読書カードで「早くお父さんを作中には出してください」という声はあるけど、これは母一人子一人なんですよね。それは設計図なんです。だから出てこないの。そしてももんちゃんは、男の子なんです。でも、特に読者がそれを女の子として読んでくださっても、間違いではない。作者の手を離れれば読者のものというのは、そういうことですからね。
―― 先ほど「スーパーあかちゃん」というキーワードも出ましたが、そういえばももんちゃんは自分で遊びにいったり、広い広い景色の中に一人でいたり・・・そんな風にあかちゃんがぽつん、といる感じって絵本の中でも珍しいですよね。
そうかもしれません。実は、ももんちゃんは“自立したあかちゃん”なんです。
今、親子のスキンシップが大事だって言って、そういう絵本はいっぱいある。確かに普遍性のあるテーマなんだけどね。それよりは、あかちゃんがもともと持っている生命力みたいなものをたたえよう、という気があったんです。親子の関係を、べったりというよりも、逆にちょっと突き放した感じでやりたいなあ、というのがね。
ももんちゃんシリーズの中で、『ももんちゃん どすこーい』という、しこを踏むのがあるんだけど。さらに凛々しい感じのね。アイデアとしては、こちらの方がむしろ先だったんです。『どんどこ ももんちゃん』とこれはリンクしてるんです、お相撲とったりして。

『ももんちゃん どすこーい』 とよたかずひこ さく/え 童心社
でも最初これは、あかちゃん絵本としては難しいと言われたんですね。だって、砂漠とかサボテンとか、日常あかちゃんが目にしているものとは程遠いものが、登場してくる。あかちゃんに、砂漠と言ったってわからないし、サボテンなんて触って痛いとか何とかも、まず分からないような状態ですしね。でもそれは、僕の中では折込み済みだったんです。だって(童心社さんには)松谷みよ子さんの『いないいないばあ』みたいな赤ちゃん絵本が既にあるんです。あれ一冊でもう十分だろうという感覚すらするぐらいで。全く同じ層に向けて赤ちゃん絵本を作りたいと言ったって、似たようなものをつくってもしょうがないし。むしろ、読んであげるお父さんお母さんが楽しんでくれればいいなあと。そこから出発したんですよ。
おかげさまで、読み聞かせに使ってくれたり、(絵本ナビの様な)サイトに親御さんが投稿してくれているのを見ると、やっぱりそれなりに楽しんでくれているんだなと思いますね。
■ 制作の秘密
「ももんちゃん」シリーズというと、本当にお母さんたちの人気がすごく高いという印象があります。その理由の一つとして、実際に声に出して読んでみるとよくわかるのですが、何回繰り返して読んでも楽しいというのが大きくあるように思うのです。子どもというのは、繰り返し繰り返し「よんで!」という事が多いのですが、これが意外と大変。でも「ももんちゃん」シリーズは、テンポや間の良さだとか、「どんっ」「のっしのっし」「ぽっぽー」などなど繰り返しの言葉の面白さだとかがあって、読んでいてとても気持ちがいいし、飽きないというのもあって。そういう意味でお母さんたちも読んでいるうちに、どんどんこのシリーズにはまっていくのかもしれません。
―― 言葉を考える時には、発音やリズムなど、声に出して読んだ時の感じというのにこだわられてつくっているのでしょうか?
僕の場合は、絵と文が同時に浮かんでくるんです。だから、削っていくという作業がほとんどないんですよ。この言葉しか出てこないんです。ラフスケッチする時、コマ割りしていく時に、もう絵が出ると同時に脇に言葉が入ってくるわけですよ。推敲してもう一回考えて、この文字は余計だなとか、そういったそぎ落とすという作業がないんです。擬音語も擬態語に関しても、あんまり変わったものは使ってないはず。犬は「わんわん」、猫は「にゃーにゃー」という程度の、凡庸な言い回し。電車は「がたんごとん」って、非常にありきたりの言葉を使ってるんですよ。だからそれをあまり言われると、「俺、そんなに考えてないぞ。」って(笑)。
―― 「ももんちゃん」を読んでいると、絵と言葉の進んでいくテンポがぴったりくるんです。だから、読んでもらっている子の方も、次のページをめくると登場する場面まで全部覚えちゃったりして。なるほど、絵と文章が同時に浮かんでくる・・・リズム感や間の良さというのは、その辺りに秘密があるんですね。
だから、絵を描き出したら早いです。だって、言葉がもう同時に出てきていますから。長い文章じゃないですし。擬音語や擬態語も意識しているわけではないんです。ただ、ここに入れるにはこれだろう、と入れていく。当然、ページ数に制限があるので、最初の段階ではページ数のコマ割りでつくっていきますよね。これが出来上がったら、今度はダミーといって、こういう形につくっていくわけです。
そういって見せてくれたのは、制作中だった最新刊『すいかくんがね・・』という絵本のラフ。

▲直筆です!
※『すいかくんがね・・』は2010年5月上旬に童心社より発売予定です。
ここに来る段階ではもうほとんど出来上がっている状態と同じ。本のページをめくっていくということが大事だから、これをやらないで絵本なんか作れないわけ。絵本作家さんは、誰でもやってますよね。こんな感じで作っていく。これは、まさに最終的に「こうなったよ」という状態。後は、これでOKもらえば、原画作業に入るわけです。この時には、やっぱり(完成形の)この文字しか入ってないんです。ここの段階ではもう変更はないですね。
―― ももんちゃんというと、この「ピンク色」というのも、とても印象的。このピンクというのは、赤ちゃんらしい、象徴的な色という事で使われているのでしょうか?子どもたちもお母さんたちもすごく好きな色だと思います。その他に登場してくる「さぼてんさん」や「きんぎょさん」などもとっても発色がきれいですよね。

「ももんちゃん」シリーズは、このピンク色が欲しかったんです。この発色がね。通常の印刷方法だと、ピンクというのは出にくい色なんです。他の色と掛け合わせると、沈み込んでしまうんですね。だから、100パーセントベタでこのインクの色が欲しい時は、特別な色、特色をそのまま印刷するんです。要するに版画に近い印刷ですね。ですから、版も描き分けているわけです。ピンクはピンクの版、という風に。それを印刷する時に重ね合わせて色を出したりするんです。ですから、出来上がってみないとわからない、という部分もあるんですけどね。このやり方は、昔、石版画で刷っていた時代からのやり方で、印刷技術としては特別に変わったやり方というわけではないんです。このピンク色が欲しくて、そういう形になりました。
ピンクでも色々なピンクがありますよね。ちょっと転ぶと印象も全然変わる、微妙なところがあるんです。だからこそ、こだわっています。全ての表紙の背景は、この色をメインにしています。お母さん方が「この子は女の子だ」という受け取り方をされる事が多いのは、この色に拠るところが大きいんだなあ、というのはわかりましたね。ピンクの面積がかなり占めていますからね。
―― それから、「ももんちゃん」シリーズというと、すごく気になっている方も多いと思うのですが、お友達として登場するのが、きんぎょさんやさぼてんさん、そしておばけさん。特にきんぎょさんが、電車ごっこをしたり、お相撲とったりしているのが可笑しくてしょうがない(笑)。砂漠と赤ちゃんというのも、なかなか結び付きませんよね。本当に不思議な発想です。
そんなにおかしいですか?(笑) あのね、よく質問受けるの。なぜ金魚とサボテンなんだって。でも、それを説明しきれるほどの自分がいないんですよ、そこにね。だから理屈じゃないところでやってるんだろうなあ、と思うんです。サボテンを出した時に、なんかちょっと水気が欲しいなあと思って、金魚を出したっていう感覚かなあ(笑)。砂漠というのも、順序としてはむしろサボテンが先だったと思うんだ。サボテンのほうが先で、じゃあサボテンの生息地は砂漠だろうな、というね。
―― とよたさんの作品というと、電車の絵本がたくさんあったり、おばけが登場したり。好きなキーワードというのがあったりするんですか?
ひとりの人間がやってるから、それはどうしても好みというのは隠しきれないだろうね。ああ、この人は乗り物好きなんだろうなとか、ね。だから、花とか植物とかはあまり知らないから、描かない。自分の中にないものはね。実は、食べ物もそうだったんです。食べ物にあんまりこだわらない方なんですよ。珍味だとか、高級料理だとかね。でも、今新作で「おいしいともだち」シリーズを描き始めたんです。このシリーズの特徴は素材だけだったんで。それならできる、豆腐なら豆腐、納豆なら納豆でいいってね。それなら好きだもん。
※その新シリーズのテーマもとっても個性的!後ほど少しだけご紹介しますね。

■ アイデアの源泉は・・・
―― 「ももんちゃん」シリーズのお話を考える時、誰か具体的なモデルがいたりするのでしょうか?例えば自分のお子さんの事を思い出したり、お孫さんが遊んでいる様子を実際に見ながらアイディアが浮かぶという様な事はあるのでしょうか?
それは、あまりないですね。小学校の授業なんかに行くと、よく「この作品を作るのにどれぐらい時間がかかりましたか」という質問があるんですよ。僕は今、62歳だから、新作『こちょこちょももんちゃん』をつくったんだけど、それは62年かかってるということなんだろうと思うんですよ。言葉として。覚えているか覚えていないかは別問題として、自分の記憶や見たものというのは、ずっとつながってきているわけだから。自分の子を見たり、ひと様の子を見たり孫を見たりすることも、全部複合的に入ってて、「これだ、これがヒントだ」というのは実はないんですよ。例えば「こんなおもしろいことがあった。とよたさん、これ、絵本にできない?」というような、アイディアをもらう時もあるんだけど、それは右から左に抜けていっちゃうのね。自分で血肉化してないと、やっぱりだめなんですよ。作品にはできない。
子どもに向けて本を描くというのは、その人の大人度が計られるんですね。この歳になるとよくわかるんですよ。色々なものを経験していないと、なかなか描けないもんだなあ、と。子どもの本に関わっている以上、思いっきり大人になって、思いきり子どもに戻れるということが、必要要素なんだってことだよね。作品はあんまり汗水みせたくないから、「ふふふん」と鼻歌うたって出来上がった様にはしたいですけどね。
―― 「自分の中から出てくるもの」というのが、一番のこだわりという事なんですね。
中でも、確たるものというのは、やっぱり幼児期です。環境によって子どもの状況というのは変わってくる。僕らの時代には携帯も、パソコンもなかったわけだし。要するに、学齢前。学校に入ってから環境が変わっていく、これはしょうがない。ただ、幸いなことに僕が今やっているジャンルというのは学齢前だから、これは変わらない。人間の核たるものは昔から変わっていない。だからそこら辺に信頼感があるわけですね。その頃の感触というのは、自然に出てきますね。
―― ちなみに、とよたさんは小さい頃どんなお子さんだったのでしょう?
「やっぱり小さい頃から絵が好きだったんですか?」と聞かれる事がよくあるんです。でも、ペンがあったらいつも描いてる、というほど好きではなかったし、平々凡々、普通だった。もし僕が親の立場だったら、「この子、こういうところ変わってるね」なんていうのは、多分なかったと思うよ。だって母親もそんなこと絶対言わなかったし、才能あるとかなんとか、全然思いもしてない。もう平凡にあがってきてますよ。結局、どの時代に特に影響を受けてというよりは、もう62年間の積み重ねですね。
■ ちょっと変わった「あかちゃん絵本」
―― それでは、この「ももんちゃん」シリーズをどんな風に楽しんもらいたいか、というのはありますか?
乳幼児に向けた絵本を作るということは、本当の読者にいく為には間に大人の存在が必要なわけですよね。親が読んであげたり、保育園の先生が読んでくれたりするという仕組みをもって、一種の二重構造だね。そうすると読む側が「おお、こういうのありか」「こういうの、おもしろいじゃん」というぐらいで楽しんで読んでもらえれば。読んでもらう赤ちゃんにとっては、砂漠がどうだとかサボテンがどうだなんてことを、いちいちこだわってないんだよね。ですから読んであげながら楽しんでくれれば、それが一番ベスト。そのままで伝わるということですよ。いやいや読んであげていたら、やっぱりあんまり子どもには伝わってないよね。
だから、親子で楽しむということが、基本にあるわけです。本当の読者、あかちゃんが黙って自分で読むわけないからね。例えば、子どもをひざに乗っけて読んであげる時なんかに、読んであげる大人が楽しんでくれたらいいなあ、というのはありますね。だから僕はサボテンとか、金魚とか出したんだと思うんだ。あかちゃんにちゃんと依拠してやるんなら、犬とか猫とかって形になっていると思う。

これは個人的な体験ですけど、子どもが生まれる前は、「あかちゃん絵本」というと、観念的にあかちゃんはやっぱり鮮やかな色の方がとか、犬や猫は知っているから喜ぶとか、形がはっきりしているのがいい・・・そういう思い込みがあったんです。でも、実際に「ももんちゃん」を読んでいくうちに、あかちゃんの反応ってもっと色々あるんだなあと発見したり、「あかちゃん絵本」と一口に言っても、こんなに色々な世界があるんだなあと感動したり。「あかちゃん絵本」の面白さを知るきっかけにもなったのです。
―― やはり、最初から「今までにないあかちゃん絵本を」というのを想定されてつくられていったのでしょうか?
そこまでは意識していなかったような気はするの、結果論ですね。
生まれたてのあかちゃんに、「この世界は面白い」なんてストーリーがあったってわからない訳だから、大人にとって、やっぱりどこか物足りなさがあるっていうのは当り前なんだよね。「ももんちゃん」シリーズは、ちょっとそこから逸脱したんですよ。この絵本を中学生に読み聞かせした先生がいてね、中学生から色々感想文が来たぐらいだから。だから最初は「あかちゃん絵本」ってうたわなかったの。
でも今度は、本当にファーストブック的なものを作ろうと思っているの。何となく揺り戻しがあってね。そうすると今度はやっぱり犬や猫、ひよこさん。赤ちゃんは生き物が好きだから。一方ではそういうのも創ってみたくなって。
―― 「ももんちゃん」も、他の作品も含めて、自分がやっていない事はやってみたいというのは、表現者として常にあるということなんでしょうか?
でも、それはやっぱり作為的なところがあると見抜かれるよね。ちょっと言うには恥ずかしい言葉だけど、素直な気持ちってやっぱり大事なんだよね。何でここで笑ったのかとか、突然泣き出したのかとかっていうのが、違和感もなくすっと入っていける形。「これはなんで泣いたんだ?」という理由づけを要求されないような絵の力であり、前ページが次のページへ引っ張ってくる、引き寄せる力みたいなものがないとね。読者はすぐにわかる。創っている時に、どこかちゅうちょしてるような段階で出した場合っていうのは、本当にだめ。読者は怖いです。
―― 実際に反応の違いというのは実感されながら・・・?
うん、わかる。でも、あいまいであっても、それに答えられるように自分がちゃんと用意できてれば、大丈夫なんです。例えば『ももんちゃん えーんえーん』。

『ももんちゃん えーんえーん』 とよたかずひこ さく/え 童心社
泣いていたひよこさんのお父さんが迎えにきて、やっぱり泣いていたひつじさんのお母さんが迎えにきて、安心したももんちゃんはまたお昼寝をします。

最後のページに「なんで、ももんちゃんのお母さんがいないんだ」という声が実に多いんですよ。ひよこさんのお父さんが来て、ひつじさんのお母さんが来て、当然今度はももんちゃんのお母さんが・・・と期待しているわけですよね、読者は。後姿でもいいから、お母さんの姿が欲しいという声がいっぱいあったんです。そういう声があるだろうという事は僕の中では織り込み済みなんです。やっぱりお母さんが来たら安心するんだよね。でも実際には、裏表紙でお母さんは実はそんな遠くにはいなかったんだよ、という事を暗示しているんです。あくまで本というのは本文ページで完結しなくてはいけない訳なので、裏表紙まで引っ張っちゃいけないんですよ。裏表紙は余韻のページだから。これがあってもなくても成立しないといけない。だから、僕はこの終わり方で成立しているんです。
これは、“自立したあかちゃん”というテーマ。だいたい大平原に赤ちゃんが一人で寝ているわけないですから(笑)。ここでお母さんの姿があると、その設定自体が崩れちゃう。そうすると、ここはずっと終始一貫して最後まで何事もなかったように終わるんです。これは自立していないと。お母さんが出てくれば、それは終わり方としてきれいなんですけどね。最後はお母さんを出した方がいいんだろうか、だめなんだろうかって迷っている時はダメだよね。

▲「ももんちゃん」シリーズの裏表紙は余韻にひたれる大事なポイント!とよたさんも大事にされているそうですよ。またそういった目で他の作品も楽しんでみてくださいね。
■ 待望の最新刊は、『こちょこちょ ももんちゃん』
そして、この度「ももんちゃん」シリーズの最新刊『こちょこちょ ももんちゃん』が発売されました!なんとシリーズ12冊目になるんです。
この取材時はまだ発売前。その最新刊についても少しだけお伺いしました。

『こちょこちょ ももんちゃん』 とよたかずひこ さく/え 童心社
ももんちゃんがよぶと、こぐまさんもきんぎょさんも、「はーい!」。みんな“こちょこちょ”されて、「あはははは・・・」。さいごはももんちゃんが・・・!? 読み終わったあと、親子のふれあいにつながる絵本です。とにかく、とろけそうな幸せ顔がたまりません。

―― こちょこちょされているみんなの顔が本当に可愛くて・・・。更に、『どんどこ ももんちゃん』からのファンには嬉しい仕掛けもあるんですね!
そうなんです。もう一回『どんどこ ももんちゃん』的な、まっすぐ向かっていくような感じのものを作りたかったんです。今まで色んなパターンで描いてきて、少し間を置いたので、ここでもう一度そこに戻りたい、と。『どんどこ ももんちゃん』ではくまさんを倒しているんですけど、今度は、こぐまさんなんですよね。その子どもっていう発想。だって、一度どーんってやったくまさんにちょっとねえ(笑)。
―― 本当だ!ちょっと小さい。(笑)。このきんぎょさんはまた・・・。
でかいでしょう。そこはでかくしたかったんだよね、本当に。そこを中途半端にリアリティーにしてもね。どうしても寸法が合わないでしょう?そう言われちゃうと困るんだけど、デフォルメだよね。そこは許してもらう。でっかく脇の下をこちょこちょやってくれないと。だから小学生に読み聞かせした時、「でけえ~!」って言ったもん(笑)。「金魚がでっけぇー!」って言った。
この間小学校で読み聞かせした時、たまたまこのダミー本が出来上がったからってやってみたら、子どもたちが金魚のところで「でけえ~!」って。1年から6年まで。「でけえー!」っていう言葉は拒否された言葉じゃなかった。おもしろがっていて。その大きさもOK、許すっていう「でけえ!」だった。非難の声でないことは読み取れる。ああ、彼らは受け入れたんだ、このでかさをって。
でもこれ、読み聞かせが難しかったなあ。普段、読み聞かせる時は、拡大していくんですよ。でもこれはまだダミーの段階だったから、この大きさで400人はきつかった。
―― 400人ですか!? すごいですね・・・。
そうそう。400人はきつい。見えない見えない。でも、見えなくてもそのでかさがわかったっていうのは、すごいなあと思ってね。
―― その最新刊を含めると、シリーズで12冊にもなるんですよね。ここまで人気があって、続いているというのは感慨深いものがあるのでは?
絵本っていうのは作るのは作者だけれど、やっぱり読者の手に届けるには出版社の営業力って大きいんですよね。作品に本当に力があって、黙ってても売れるというのは、中にはあるのかもしれないけど、そう甘くはないよね。だから同じように出しても、うまくいったかどうかわからないです。自分一人だけの力じゃ絶対ない、ということはわかるよね。作品だけがいいから売れるでしょう、ということは言えない。だから12冊めだから感慨深い、というのはないです。
■ 新シリーズ「おいしいともだち」もちょっとだけご紹介
―― 先ほどのお話にも少し出た食べ物絵本「おいしいともだち」シリーズ。こちらもとっても気になるんです。

▲キーワードは「しんぱいごむよう!」
「ももんちゃん」シリーズは“あかちゃんの自立”をテーマで描いてきたけど、こちらは“食べ物の自立”なんです。人間は一切出てこなくて、例えば、おにぎりが自分で自分をにぎるんです。3つのおにぎりが、自分たちで具をおなかに、入れるんだけど、どれがどの具だったかわからなくなっちゃって。でも「しんぱいごむよう!」。ちゃんと解決するんです。
食べ物の自立というのはあかちゃんの生命力と結びつく。食べ物、その素材自体の生命力というか、自立。『どんどこ ももんちゃん』からつながってきてるんです。食べ物が本来持っているエネルギー、子どもが本来持っている生命力というものにもっと期待していいんじゃないかなと思って。人も食べ物を描くのも、そんなに変わらないですよね。
さっきも言ったんですが、僕は食べ物には全然こだわらない方なんです。だから、例えば納豆と言っても、調べてから描くという事はしないんです。普段そういうことに興味があるわけじゃないから。どうして発酵させてできるとか。僕は全然そういうのは見ないでやっています。何も知らないで。ただ納豆は納豆で、考えないで食べてる状況でやらないと。だから豆腐は何からできてるかって、俺、子どもから質問されたら一瞬わからなくなっちゃうかもしれない、というぐらいわからない。豆腐は豆腐そのものが好きというね。でも冷や奴は、赤ちゃんにはむずかしかったですね。ビールのつまみなんて言ったってね(笑)。
■ 絵本作家とよたかずひこさんについて
絵本作家とよたかずひこさんご自身についても少しお伺いしてみました。
―― 絵本作家になられたきっかけ、というのはあったのでしょうか?
当り前の話でつまらないけれど、子育てです。子どもができたから。子どもがいなかったらやってない仕事だと思います。
最初の子どもができた時に、それまではイラストレーターの仕事はやっていたけれど、誰か他の人が描いた絵本を持ってくる訳だよね。僕は絵本の世界を全く知らなかったから、早く寝かしつける為に読み聞かせて。いい加減な父親をやっていたからね。その時は、その作品の世界には没頭していないわけ。だから、絵本作家になる素養は本当はなかったんですよ。
でも「ああ、絵本というのはうまい下手の世界じゃないんだ。その人の作品の世界なんだ、説得力なんだ」というのがわかってきて。僕は今、その世界に近いわけですよ。あえて下手に描こうというんじゃなくて、ほとばしるもの。自分の描きたいものの形でいくと、さっき言った様に、突然金魚がでかくなるわけですよ。僕の中では。何の違和感もなくでかくなってるわけですよ。これは図鑑描いてる人間からしたらあり得ない世界ですよ。だから、描き手も変な制約から解放されるわけですよね。そこが絵本を作っていく楽しさだよね。

―― それは本当に頭でっかちな所で考えちゃうと、「えっ、こんな絵が成り立つの」みたいに思ったりして。
そうそう、それが前にはあった。イラストレーターの世界というのはやっぱりどこかで努力のあとと技術を見せないと申しわけないという気持ちがあるの。かなりカチカチになって描いてた部分があった。
でも絵本では、成り立つんだよね。子どもはそこら辺は割とクリアしちゃうんだ。子どもは絵の好き嫌いってないじゃないですか。最初はとりあえず何でも受け入れるよね。大人のほうが「この絵、嫌い」とかって、はじめからガードしちゃうけど、子どもは柔軟で、この人の絵は嫌いとか言わないよ。いったん全部自分でとにかく受け入れる。
だから例えば『ぐりとぐら』はすごいんですよね。この間本屋さんに行った時、たまたま僕の前で、ちょっと不良っぽい男の子が彼女を連れて、児童書の脇をパッと通った時、「あっ、まだこの本出てる!」って言うんだよ。何だろうって思ったら、『ぐりとぐら』。出てるよ、そりゃあって(笑)。でも彼にしてみりゃ、そこで終わってるんだよね。幼児期からずっと絵本から離れてたんだけど、親に読んでもらった記憶だけがあるわけだよ。戻ってきたんだもん。でもそれって作者冥利だよね。「この本、まだ出てるんだ」って言って、彼女に説明するわけ。やっぱり子どもの本のありがたさだよね。
だから誰が描いて、今現在その本がどう評価されてるのか。彼にとっては何の問題もないんだけど、でも何か一瞬記憶が戻るわけだよ。誰かに読んでもらったっていう記憶。これはすごい力だなあと思ったんです。絵本の力というのが。
―― 新しい読者がどんどん新しく生まれて、なおかつその人たちが20年30年たって、どこかに引っかかってるというのが、絵本のすごさですね。
ありがたい世界に来たなって、僕は素直に感謝するんです。小学校に読み聞かせに行って、1~6年生まで授業1時間ちょっとしたって、何も伝えられませんよ。だけど、彼らに、そういえば小学生の時に変なおじさんが来て読み聞かせしてくれたよなあ、っていうのがどこかに残ってくれればいいな、というぐらい。そこで何もかも伝えようっていうんじゃなくて、今こういう作品を作ってるんだ、こういう仕事をしているだよと言って、本ができるまでのプロセスを見せてあげたりすると、小学校5、6年生はすごく面白がる。1時間ちゃんとつきあう。小学校6年生で僕より背がでかいわけですよ。こんな男にももんちゃん、大丈夫かなって思うわけ。「なんで俺にももんちゃん読み聞かせするんだよ」って、僕が6年生だったらそんな感じするからね。僕は、幼児期に読み聞かせをする時は、集中力がながくは続かないんだから出入りは自由にしているんです。それで騒いだって僕は全然気にならない、最初の出会いで絵本は楽しいんだなあっていう記憶が残ればいいの。そこで「さあ、聞きなさい」という雰囲気よりは、楽しかったなあって。僕はその記憶を残したいわけ。それを6年生にやる時も、同じパターンにするの。授業なんだけど、特別学校の先生の許可を受けてるから出入り自由で、眠くなったらそこで寝ていいからってやる。そうするとすごくリラックスするわけ。だから出ていく子はいないよね。
―― 絵本作家になられて良かったな、とういうのはそういう部分ですか?
今言ったように、ひと様の子どもと出会える。なおかつ、保育園や幼稚園、学校に行ったりするのは、割とハードルが高いんですよ。誰でもいいっていうわけじゃない。多分僕が絵本作家でなくて、読み聞かせちょっとさせてって言っても、そううまくいかない。でも呼んでくれるわけですから、そうしたら行かない手はないですよね。
―― では、制作段階で一番面白いと思う瞬間はどんなときですか?
朝仕事場に来て、一人でずっとやってるんだけど全然飽きないんですよ。
―― じゃあどこの段階も、全部おもしろい?
仕事ですからね。そんなにおもしろいはずはない。苦しいけど楽しい。楽じゃないですよ。でも飽きないんですよね。昼飯も夕飯も弁当作ってもらってるきているんです。ということは、それまでずっと仕事場にいるわけですよ。だから夕食になったら本当は帰らなきゃいけないんだけど、だんだん延びてきちゃって。だからそれぐらいおもしろいわけ。もう帰るのがもったいないぐらいまで、ずっと。だから労働時間にしたらものすごく長い時間労働やってますよ。このところですけどね。
僕は50過ぎてからだからね、本格的に絵本作品作り出したの。だから編集者にも「とよたさんは、遅咲きですね」って言われるんですけど。

―― では、最後に絵本ナビ読者の皆さんにメッセージをお願いしてもいいですか?
親が読み聞かせしてあげる時間って短いんです。今僕は反省ばっかりですよ。もう少しちゃんとやっとけばよかったなあというのが。今、図書館なんかで読み聞かせによく行っているんだけど、親子一緒にって呼びかけているんです。親子一緒にっていうと、最近、この2~3年は若いお父さんが来るようになった。これは顕著。昔はお父さんが来てても、何か身の置き場がないような感じでさ。僕はその気持ち、よくわかるの。自分がそうだったから。でも、それが今多くなって、僕、すごくいいなと思う。今の20代の若いお父さん、自然体で来てるんです。無理してないんです。それがわかった。
そして、今お父さん、お母さんが一緒にひざの上にのっけて、そこで子どもに読み聞かせる時間って、本当に短いから、この時間を大事にしてねって思いますね。その間に絵本があったら一番いいなという感じ。絵本をツールにして、親子一緒に向き合っててねって。黙ってても娘はすぐお嫁に行っちゃうし、男の子は当然離れていく。それは自然だよ。だからこの時期だけ。うんと大事にしてね。だから絵本の内容なんかどうでもいいんだ。逆に言うとね、何かそこであればいい。親子の向き合う時間が、その時間を共有できるというのは子にとっても幸せだけど、親にとってもうんと幸せな時期なんだ。
非常に大変なことはいっぱいあるよ。面倒くさいなあ、わずらわしいなっていっぱいあったことを含めても、子育てというのは、とても貴重な時間で二度と体験できない。孫とは違うんだよ、やっぱり。だからその時期をうんと大事に。意識的にその時間を、今いるんだっていうことを頭の中で意識したほうがいい。この子はすぐ大きくなっていくんだよっていうことをわかった上でやると、愛おしいじゃない。この時間そのものが。
ありがとうございました!
絵本ナビ読者に向けて直筆メッセージも描いてくださいました。
じっくり考えながら・・・

↓こんな素敵なイラスト入りメッセージが完成しました!

最後に記念にパチリ。

<取材を終えて・・・>
絵本作家になった事で学校などに招かれて、沢山の子ども達に会えるのが嬉しいというのが、何ともとよたさんらしいエピソードですよね。本当に子どもが大好きな様子が伝わってきます。
実はずっと以前にお会いした事があったのですが、その時のことをとてもよく覚えてくださっていたとよたさん。
一緒に仕事をされた方はみんなファンになってしまう・・・と評判なのも納得なのです。
個人的に「ももんちゃん」への思いの丈を語りながら、とても楽しい時間を過ごさせて頂きました。